教えて、おじいさん

口笛はなぜ、遠くまで聴こえるの?

あの雲はなぜ、私を待ってるの?

教えておじいさん、教えておじいさん

 

ハイジの大好きなおじいさんが、死んだ。

三月の暖かな風が吹き抜けるその日、アルプスの斜面を猛スピードで転がってきたゴルゴンゾーラの塊は、おじいさんの脳天を直撃した。即死だった。ゴルゴンゾーラの独特の刺激臭が、おじいさんの大きな身体を包んでいる。人が死ねばそれはたちまち「遺体」となってしまう訳だが、ハイジはそれを「遺体」として認識することは決してしなかった。例えそれが、生命体としての機能を失っていたとしても、ハイジにとっては大好きなおじいさんなのだ。

 

教えて、ねえ、教えてよおじいさん。

私まだ、おじいさんに何も恩返し出来てないのに。なのに、なのにどうして私を残して逝ってしまったの?

ねえ、教えてよおじいさん。私の頬を伝う、この熱いものは何よ。

ねえ、教えてよおじいさん。とめどなく溢れてくるこの涙の止め方を。

ねえ、教えてよおじいさん。モスバーガー食べる時、袋に残ったソースまで綺麗に食べる方法を。

ねえ、教えてよおじいさん。結局バナナはおやつに入るの?

ねえ、あとあれも。あれ。あのー、スマホで自撮りする時に左右が反転するやんか。あれもよう分からんのよな。なんでなんやろな、あれ。

あとあれや!丸亀製麺に行った時にその場のテンションでかき揚げ、鶏天といった揚げ物各種を多めに取ってしまうあれもなんでや!

取る予定なかってん!取る予定はなかってん!でもなんか取ってまうねんな!あれなんでやねん!

なあジジイ!おい!起きんかいジジイ!

 

ハイジは発狂していた。

我を失ったハイジが発するぎこちない関西弁が春のアルプスにこだまする。

 

動かなくなったおじいさん。冬のフローリングみたいに冷たくなってしまった。

どうか生き返ってほしいという切な願いを、打ち砕くようなその冷たさは、6歳のハイジにとって、あまりにも残酷なものであった。

どれだけハイジが声をかけようが、おじいさんはもう帰ってこない。

ふいにハイジはある言葉を思い出す。

 

「ハイジ。花は上を見て育つのじゃよ。」

 

おじいさんがよくハイジに掛けた言葉だ。

 

ハイジは涙を拭く。

バカ。。。

浮かぶのはおじいさんの優しい笑顔だった。

 

たとえ1人でも、強く生きなければならない。アルプスに咲く、一輪の花のように。ハイジは立ち上がった。

 

男手ひとつで私を育ててくれたおじいさん。

きっとこれからは空の上から私を見守ってくれるだろう。

 

裸足の少女の目にもう涙はない。アルプスを駆ける春の風がハイジのやわらかな黒髪を、優しく揺らす。

 

「あの雲が、私を待ってるの。」

 

涙で腫らしたハイジのその目に、何かが宿った。