春の朝
思えば修学旅行、宿泊研修、そんなイベントの最終日の朝、僕はいつもみんなより早く目が覚め、まだ夢の中にいる友の寝顔を見ながら楽しかった数日間を振り返っていたような気がする。
「はあ、今日帰るのか、楽しかったなあ」
いつもは教室を支配するようなけたたましいアイツも、成績優秀な学級委員も、まだあだ名のない佐藤くん(仮名)も、まだぐっすりと眠っている。
僕は自分の家の布団でないとこんなにぐっすりは眠れない。実に羨ましい。
前の日の夜は好きな女の子の話などに花を咲かせていた僕達であったが、気付かぬうちに眠ってしまっていた。
どんなに楽しくても睡魔には勝てない。
この楽しい夜が永遠に続けばいいのに。
そんなことを思ったはずなのに
残念ながら朝は来る。
「楽しかったなあ」
数日間のハイライトを頭の中で描きながら、誰かに見られたら絶対に気持ち悪がられるような薄ら笑いを僕は浮かべていた。
ほんの数日間ではあるが、10代の少年にとって学校以外の場所で過ごす時間は非日常であり、刺激も多い。
そして楽しい時間はすぐに過ぎてゆく。
「今日、帰るんだ。」
あの街へ、あの学校へ。
また日常が帰ってくる。
非日常から日常へとまたピントを合わせる作業をしなければならないのだ。
非日常の中に身を置いた数日間は幸せそのものであったが、こんなに日常の憂鬱が色濃く返ってくるのであれば、こんなイベント要らないな、なんて少し投げやりな気持ちにもなった。
幸せそうに眠る友の顔を見て、こんなに気持ちよく眠れていたらこんなこと考えずに済んだのにな、なんて思ってみたりもして。
「悔しいから朝食の時間まで、僕も寝よう。」
馴染みのない匂いのする布団に、枕に、僕は再び身を委ねた。
春の朝、まだ少し肌寒さを感じる春の朝。
日の出を告げる鳥の声で起きた春の朝のこの時間は、いつもそんなことを思い出してしまう。
今日も、不意に思い出し、今こうして書いている。そろそろ終わろう。
よし、もう一度寝よう。
布団はまだ温かい。
しかも嬉しいことに、ここは僕の布団だ。
安心できる匂いがする僕の布団だ。
修学旅行の宿の布団でもなければ、宿泊研修のロッジの大部屋でもない。
起きた後、日常にピントを合わせ直す必要も、ないのだ。
(am5:33 自宅の布団の中にて更新)